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スタッフブログ

令和観②

 平成の天皇陛下(明仁陛下)が退位され(4/30)、皇太子徳仁親王殿下が第126代天皇に即位され(5/1)るとともに、新元号が令和に改元されて1ヵ月が経過したわけですが、殺傷事件が相次いで発生し、社会に大きな衝撃をもたらしています。

  5/28、川崎市多摩区で小学校の児童18人とその保護者2人の計20名が、刃物所持の男(51歳)に次々と刺され、11歳の女児と保護者の男性が死亡した事件です。男は犯行直後、自分の首を切って自殺を図るという何ともやりきれない痛ましい事件でした。犯人はすでに死亡しており、事件の全貌解明は難しくなってしまうのですが、やはりここに至る動機は一体何であったのかを究明することは是が非でも必要となりましょう。そして、何度となく同じような事件が起こらないようにすることが、社会全体の責任でもあります。

 いろいろな報道がなされています。また、諸角度からのコメントが発せられています。ことが事だけに、そう簡単には語れないのが現状といえます。引きこもりは、いろいろな要素・原因によって引き起こされる中での一つのプロセスであるとの実感があります。引きこもりを何とかしようとするあまり、周りの原因に目が向こうとしません。今後の対応に一考を加えていく必要があります。

 犯人の側面からすれば、「攻撃的、激怒性、相当なエネルギーを温存した上での激高性、通り魔殺人、近所付き合いもなく、挨拶もなく、そうかといっておとなしい、言動からして強い殺意、計画性と準備、入念な下見、引きこもり状態、うらみやつらみ、嫉妬、孤立や孤独、短絡的、自暴自棄、テロ行為ではない犯行、死を覚悟した大量殺人、追い込まれた単独犯、無差別殺人、刃物所持、社会への挑戦と見せしめ、8050問題、発達上や人格形成上のゆがみ、パーソナリティの問題、反社会的行為・・・」等々、こういうところの背後にあるものは何なのかを一つひとつ解きほぐし、動機を解明していくことが大事になりましょう。

 この種の事件対策は、平成13年以降、大阪・秋葉原・新潟などで発生した事件の教訓として、都度採られてきたものの、今回は想定外といわれていますが、果たしてそうでしょうか。「通学路の警備体制、登下校時の安全確保、集団登校のパトロール強化、通学路や集団の場所の四角確認、防犯カメラの設置、不審者情報の共有、人・物・お金の有効活用、危機意識の涵養、こころのケア、心理的フォロー・・・」等々、安全点検として考えられてきました。特に、バス停留所で子どもををどう守っていくかについては、子どもの列の前後に先生や警備員などを必ず配置し、前後左右への警戒を怠らないことが大切であり、過去の悲惨な教訓から、この警備・警戒態勢が導入されなかった点には驚くばかりです。また、これも過去からの教訓として考えてしかるべきだった点は、子どもたちがバス停から乗車する時間帯だけでも、近くの交番から見守り警戒をお願いすることや、パトカーを配置して警戒してもらうことが考えられなかったことです。この種の警戒態勢を考えることは、しげく当然と言わざるを得ないわけです。もっともっと、警察を含めた関係機関の真の連携を探り、実行していただきたくことが必須といえます。

 さて、今後どのような支援が必要になりましょうか。確固とした再発防止策の再検討とその実行が急務です。犯行は目の前からだけではなく、左右からも、また今回のように背後からの犯行に備えなくてはなりません。これで命を落とすことになるわけです。警察官が立っているだけでも、犯罪は防止できるのです。パトカーが通りすぎることで、犯罪が未然に抑止できるのです。簡単なようで、見逃してしまいます。今回もこのことさえも考えられなかったといえます。防犯や犯罪抑止は、地域社会全体で、こころのケア、声かけ運動、地域ボランティア活動等々、多々考えられますが、過去にないレアなケースなどと考えずに、決定的に盲点・四角を突かれたと反省すべきでしょう。

 最後に、今回の事件で残念なことは、犯人へとのかかわりを得るチャンスを行政が見逃してしまったのではないかということです。親族が十数回も行政に相談をしているのです。それは、犯人の引きこもりを懸念した上での相談であったようですが、行政は一度も彼に会っていなかったことは問題ではなかったかということです。もし彼に会って引きこもりのことではなく、「高齢であるおじさん、おばさんの今後のことを一緒に考えていただけなせんか・・・」「行政としていろいろなサービスで支援していきたいと思うのですか・・・」という視点から、会うチャンスをなぜ作らなかったかということも申し上げておきたいと思います。引きこもりの人への対応が全くなされていなかったと思うのです。引きこもりには、多様なニーズがあり、対応も様々であることは申すまでもありませんが、行政の知恵と勇断が欲しいものです。何十年もの長期間、恨みやつらみで頭が錯綜としていても(言動が過激であっても)、他人に危害を加えなかったわけですが、この時期にきて引きこもりのことを言われたことが引き金になって一気に狂気化してしまったのでしょう。彼の激高性を考慮して、家庭訪問する時は、行政のみではなく、保健福祉センター職員も含め、また自宅付近には警察の生活安全課の刑事が様子見するとか、やはり関係機関の連携や知恵が極めて足りないと思うわけです。彼に優しい言葉をかけながら、おじさんとおばさんの将来を一緒に案じ、考えることで福祉・医療サービスを展開するということを大前提に対応していけば、激高することもなく、今後、若干でも関係性が維持できたと信じたいと思います。人と関わることには、不安とリスクがつきものです。これを乗り越えないと、人へのケアや支援はできないということを今回は、断言しておきたいと思います。次から次へと火だるまのごとく発生する事件・事故、何とかしたい・・・とは思いますが、まずは本人自身の意識の涵養と身近にいる家族の支援に注視したいと思います。 

                     YKカウンセリング&心理相談室

                         代表  山田 幸一

 

 

 

 

 

 

令和観①

 5月1日、内閣は新しい元号を「令和」と決定し、発表しました。万葉集の「梅花の歌三十二首」序文から引用したもので、日本の国書から出典されたものは初めてのようです。「和」という文字は想定されましたが、「令」という文字は想定外であったのは、素人の私のみではなかったかもしれません。しかし、「和」という文字が元号の二文字の中の一つに入っていただけでも、何か「平成時代」の平和がこの先にも続くような気がします。「平和」を希望、希求することは、いつの世でも願ってやまないことですが、果たして「平和」の中での「安らぎ」が垣間見られる令和時代になりますでしょうか・・・一人ひとりの心がけにこそ期待したいものです。

 新元号の「令和」を考案されたとされる国文学者の中西進さんが、令和の「和」について、「和を持って貴しとせよ」を思い浮かべると語ったそうです。思想信条の違いからの紛争、憎しみ、死闘、離反、恨み、つらみ、断絶、葛藤、傷つけ合い、・・・、いろいろな感情が交錯してきます。「和」の尊さはわかっていても、感情に左右されて、忘れてしまうのが人間というものかもしれません。困ったものと言ってしまえば、それまでですが、感情のコントロールが効かない状態になってしまう怖さも持ち合わせています。この「和」の尊さを忘れないようにするためには、どうしたらよいのでしょうか。常日頃から脳裏に焼き付けておく必要がありましょう。自分の一つひとつの言動に対する反省や内省を心がけて、その日の一日を終えるような日々の前向きな努力が功を奏します。「良いこと」は忘れがちになります。頭のどこかにインプットしておき、いつ何時でも即、アウトプットできるように訓練しておくことが大事になりましょう。

 令和の時代が、特にこれかれの若い方々にとって喜びと希望に満ちた生きがいのある日本社会になって欲しいことを、願って止みません。4月中にも、社会的な物騒な事件・痛ましい事故が起きています。19日には、「東池袋で87歳の男性が運転する車が赤信号を無視して横断歩道に突っ込み、母子をひき殺してしまった」事故です。高齢者の運転のリスクがこれほどまでに叫ばれているにもかかわらず、運転してしまう人の気心に多大の疑問を抱きます。単に「法改正や認知症検査、運転免許証返納」の問題では済まされない問題になります。高齢である自分を過信してしまう愚かさが見え隠れしています。大事なのは本人の家族の対応(独居であれば、かかわりのある役所や周辺の人等)と本人の自覚と決意にかかっていると言っても過言ではありません。それなくしてこの種の事故の減少は期待されないと言えましょう。「おごり、高ぶり、過信」から早めに脱却できる自分を取り戻すことに懸命にならないといけないでしょう。人の死はどんなに償ってもかえってきません。高齢である自分の最期が平穏・無事であることへの願いを常日頃から感受し、人を尊重する精神を持ち続けるならば、早めに自ら免許証返上や運転中止の決意表明ができることでしょう。そう願いたいものです。もう一つは。29日にお茶の水女子付属中学校で、秋篠宮家の長男悠仁さまの机に刃物が置かれているのが見つかった」事件です。その4日後に男が建造物侵入容疑で逮捕されましたが、よくも物騒なことをするものです。「天皇家に不満があった・・・」とのことですが、いかなる主義・主張であっても、反社会的な行為は認められませんね。天皇制は国の最高法規である憲法の下で「象徴天皇」が明記されていますので、普段はあまり感じなくとも、国のシンボルとしての天皇制は尊重する気構えを持つことが日本人として大切でしょう。今回、第125代天皇陛下(御名:昭仁)が皇室典範特例法の規定により退位され、新天皇が即位されました。いわば、憲政史上初めてとなる退位で平成が幕を閉じたことになったわけです。

 これからも本当に、いろいろな事件や事故が起きたとしても、未然に防止したり、その原因を究明して少しでも結果が軽くなったり、軽減・減少を心がける努力を惜しみなく遂行していくことが大事な世の中になっていくことでしょう。生身の人間の成す技ですから、完全・完璧とはいきませんが、何事でも7.8割が完遂できれば、しめたものです。100%を求めすぎてもいけませんね。ほどほどに、ちょっと色を添えるぐらいで満足することがよろしいでしょう。                 

これからも、当相談室は前向きに、ひた向きに、こつこつと努力し、失敗しても再起をかける人への支援に邁進していくことにします。どうぞ、よき日、よき時代でありますように!!!

 

                      YKカウンセリング&心理相談室

                          代表  山田 幸一

世相観⑬

 4月となりました。早いものです。「光陰矢の如し」、どんどんと時が過ぎ去っていきます。あれこれやろうとしては、しおれ、また立ち止まり、事はうまく運ばないことが多い今日この頃です。そして、心を入れ替えては前に進もうとします。失敗の経験があれば、次は少しははかどり、前よりもうまくいく機運が感じられ、やる気と自信が蘇ってきます。この繰り返しですね。これが人生というものでしょう。よいことも、わるいことも、すべて受け入れて、いずれはよいことを多く成していくことができるというものです。

 元号が決まりました。来月から「令和」が用いられます。なかなか大変な作業になったわけですね。国の成すことですから。一般市民からすれば、その作業の大変さは感じることなしに、新元号を使わせていただけるわけですね。この作業に携わることができるのは、一握りの人々なわけですが、使うことができるのはすべての日本人ですので、その一人として喜び・敬意・信頼・希望を持って今後の人生を全うしたいものです。こういう時は、幾分とも新鮮な気持ちと前進の気構えが内心に伝わってくるものです。そして、いろいろなことを大事にしたい気持ちにもなります。

 3月中にも日本の内外に様々な出来事が起こりました。政治的には、「統一地方選(11道府県知事選)の告示」「2019年度予算101兆円が成立~100兆円を超えたのは7年連続で過去最高」、国際的には、「17年2月にマレーシアで起きた金正男氏殺害で殺人罪に問われたインドネシア国籍の女1人を釈放」「ニュージーランドのモスクで銃乱射、50人が死亡」、経済的には、「みずほが6800億円の損失計上を発表」、社会的には、「ゴーン被告が保釈」「江東区のマンションで80歳女性を強殺、3人逮捕」「児童虐待の2018年度の摘発、過去最多の1380件、被害児童は1394人」「杉並区のアパートで32歳女性を殺害、容疑の乳児院同僚の男を逮捕」等々、人間の持つ強欲や身勝手さが感じられます。

 人の相談を誠実に受けたり、カウンセリングを実施している身としては、全面的に自己の内面を表に表すことなく、冷静沈着な判断が求められます。まずはその人の身になって考え、行動することが要求されます。自分はさておき、人を優先させる社会には、上記のような痛ましい犯罪行為は起きないと信じたいと思いますが、生身の人間の成す技ですから、誰かがどこかで制御してあげないと、世の中の統制が取れず、どんどんと崩れていきますね。こういう社会にあっては、相談室の存在も、どこか意義があると思うしだいです。悩み多き人は是非お越しください。そして、肩の荷を下ろしていただきたく思います。

 

世相観⑫

 日本という平和な国、社会、地域に生きている者として、その平和感に浸っているわけにはいかない内外の問題が、多々あります。政治上では、安倍総理が北方領土問題の解決に意欲を燃やしています。領土問題と並行してロシアとの平和条約締結への意欲を強く協調しています。「固有の領土」という概念と「4島返還」がセットになっている感がしますが、どこかで妥協しようとしている感もしなくもありません。国家間の駆け引きがヒシヒシと伝わってきます。

 沖縄県民投票が行われ、辺野古埋め立ての反対が71%を占め、投票資格者総数の4分の一を超えました。普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立ての賛否が問われたわけですが、長い道のりを多額の税金を投じてまで、そして反対派を押し切って進めること、双方とも妥協はしないで、さらに長い年月をかけて戦うこと、どう考えても終着点が見えてきません。日米安保条約がある限り無理ですね。国もここまで推し進めてきて後戻りはできないでしょう。さらに溝が深まる中で埋め立てが強硬に進んでいくことでしょう。この基地をなくして、その代わりの移転はしないことを日米が決定することしか方法はないわけですが、それができない、しないところに沖縄国民の民意をよそに進められていくこと、政治とはこのようなものか・・・とも考えてしまいます。

 もう一つ、厚労省の不適切統計問題で組織的隠ぺい工作はない、と「特別監査委員会」は否定しています。「甚だしい職務怠慢」は当然としても、国家公務員の職務は、国の方針に沿った職務にマッチした職務の推進でなくてはならないわけで、そこには少なからず政治の関与があり得るということは、素人でも直感するところです。一定の範囲や限度を越えてはならない職務という特色から、いろいろな問題や課題が生じてくることでしょう。

 国際的には、米朝首脳再会議がありました。物別れに終わったようです。あくまでも国連決議に沿って、単に経済制裁の解除に惑わされることなく、厳正に世界の脅威を軽減する立場から対処して欲しいものです。日本もそろそろ独自の対処をしていかなくては、特に懸案の拉致問題は時間がありません。日朝会議の行動に移すための組織体と足がかりを結成すべきでしょう。政治的決断と決心が求められます。オリンピックどころではないかもしれません。

 心が研ぎ澄まされる話題もありました。競泳女子の池江選手が、自身の白血病との診断をツイッターで公表したことです。全国から多くのメッセージが寄せられたようですが、「自分に乗り越えられない壁はないと思っています。必ず戻ってきます」とつづっています。これからの選手です。越えられない壁はないでしょう。単なる一言、二言が人の心に感動を呼び起こし、生きる力・意欲を醸し出してくれます。前に進むための決意と準備が求められます。

 当相談室も、前に進むこと、その障害を取り除くこと、いい今日、もう少しいい明日、必ずやいい将来を瞼に焼き付けることをモットーにしています。

                        YKカウンセリング&心理相談室

                              代表 山田 幸一

 

世相観⑪

 新年がスタートし、すでに2月に入り、国内外の事象も急ピッチで結論を急ぐがごとく進んでいる感じを受けます。4月1日には「平成」に代わる新元号が公表されることになっています。待ちどおしいというよりも、一体どんな元号が決定されるのか、興味津々ですね。決して若くはないにしても、新世代をまた生きられる楽しみも、頭のどこか片隅にあることは、確かなことです。事件・事故に限らず、いろいろなことがあるのでしょう。いくら対策を練って対応したとしても、完全にゼロにすることは、不可能なことです。時代は繰り返されるとはいっても、人間社会にとって、不幸なことや、悲しいことは避けていきたいものですが、これとても別な形で再出現してきます。何とも、やりきれない思いですが、仕方のないことと思いながらも、やはり世のため、社会のため、家族のため、人のために努力して不幸にならないように、悲しみに陥らないように心を入れ替えて生きていこうとするのが、人間というものでしょう。そういう意味での、生きていく価値や生きがいが感じ取れたならば、しめたものですね。

 この1月中にも、さまざまな由々しき事が起こっています。政治分野では、「勤労統計の不適切調査の問題で、調査方法に誤りがあったこと(全数調査すべきところ、抽出調査で済ませたこと)」です。国内外に示す日本の基幹統計がお役所によって歪められたことは、日本という国に対して正しい認識がされないことになり、国家公務員の任務・責務を全うしていないことにもなります。要は、規定に従って全数調査をすればよいのであって、また抽出調査をしたのであれば、その復元処理をすればよかったのですが、その認識すらなかったことは、極めて問題視すべきことになるでしょう。

 国際分野では、「韓国の徴用工訴訟で韓国国内にある新日鉄住金の資産差し押さえ」の問題、社会分野では、「東京渋谷区の竹下通りで21歳の男が暴走し、歩行者8人がはねられ負傷した事件」「昨年の7月に大阪堺市であおり運転して男子大学生を死亡させた40歳の男に殺人罪を認定し、懲役16年の判決を言い渡した事件」「少学4年の長女の髪を引っ張り首をつかむなどして暴行(後に死亡)した父親を傷害容疑で逮捕した事件」「昨年の11月から茨木で行方不明になっていた女子大生の遺体を発見し、同市の35歳の男を死体遺棄容疑で逮捕した事件」など、凶悪で悲しい事件が頻発しています。これからの長い人生を奪われてしまった被害者の方々にどう謝まるのでしょうか、謝るだけでは済まされるはずがないわけですから、どう対処するのでしょうか、対処する方法があるのでしょうか、現状では刑に服することしかないのでしょうが、人の生命・身体を汚すことが、どんなに悲惨で残忍で非人間的なことであることを認識できなかったのでしょうか、逮捕された後や裁判上で「反省している」「謝りたい」と言っているのを聞きますが、誰もが聞きたくない言葉でしょうね。困った人間としかいいようがありませんね。どんなことがあっても、やってはいけないことなのですから。

 「人の命は尊いもの」と、いろいろな所で言われています。本当に・・・本当に親身になって考えて行動していかなくてはなりません。事件はすべて「後の祭り・・・」になってしまっています。これではどうしょうもありません。行動する前にストップさせる精神を養っていかなくてはなりません。そのための心身の訓練が必要です。多少のことがあっても、命だけは守られるようにするためには、社会が、周りが防止すること以上に、個人が自分自身の言動に責任を持たなくては、犯罪はいっこうに未然に防止されないことになります。一人ひとりの認識(命の尊さなど)が最も求められています。

 当相談室でも、犯罪被害者や犯罪実行者などの相談やカウンセリングを行い、心のケアをはじめ、認知の歪みを修正し、他人に迷惑をかけない行動に導く継続指導も行っています。どしても自分を抑えられない、すぐ手が(暴力が)出てしまうなどで、お悩みの方はどうぞお越しください。一緒に検討していきたいと思います。

                    YKカウンセリング&心理相談室

                          代表 山田 幸一  

世相観⑩

 新年明けましておめでとうございます。新年は「箱根大学駅伝」を見ることからスタートします。毎年のことになりますので、欠くことができません。若者のハツラツとした、あの走りには、ドキドキ感があります。まさに感動のスタートになります。箱根駅伝も第95回になるということですから、歴史と伝統が感じられます。一位争い、シード権争い、接戦の戦いが垣間見られます。                                                   そういえば思い出すのが、父親の姿です。私の父親は亡くなってすでに、30年を経過していますが、中央大学専門部出身で、箱根駅伝はよくラジオで聞いていたのを思いだします。当時から中央大学は箱根駅伝でも、上位優勝の伝統校でしたから、応援していたのでしょう。山梨県大月市の山間で、半農半公(東京都公務員)の生活をしていましたので、正月の二日、三日は、ラジオを持って畑に出かけて箱根駅伝を聞くのが楽しみであったことでしょう。私も、幼いながらも箱根駅伝のことが頭に焼き付いていたのかもしれません。今は亡き父親を思い出すのも、この新年の箱根駅伝が契機になります。一年のスタートのバネになっていることにもなります。                                    「しかけ」と「バネ」、今年の世の中の中心的原動力になるようにも思います。果たして、今年はどのような世の中になることでしょうか。安定と不安定、発展と停滞の境目で、アップダウンの激しい世の中がスタートするような感じもします。そういう中にあって、一人ひとりが、何を思い、何を感じ、何を目指して、どう行動していけばよいのでしょうか。まだまだ先が見えませんね。最後に「サムウエル・ウルマンの"青春”の詩」を記します。

 「青春、それは人生の一時期のことにあらず。心の在り方をいう。ばらの頬、紅の唇、しなやかなる手足のことにあらず。  確固たる意志、ゆたかなる想像力、たくましき情熱をさす。青春とは、生命という深い泉のほとばしりにほかならぬ。   青春とは、怯懦を斥け、安念を求める心に打ち克つ勇猛心の充実を意味する。それは時に、二十歳の青年以上に、六十歳  の人間にも宿っている。齢を重ねただけで、人は老いない。理想を捨てた時、我らは老いる。歳月は皮膚にしわをきざむ  が、情熱を失えば、たましいにしわが寄る。迷い、恐れ、気おくれこそ、心をいやしめ、精神を芥におとしめる。」

 今年も、迷い、悩み、不安など、問題解決のための糸口を探索し、そのための方策を提示し、行動に結びつけていただければ、幸いです。安心・安全・健康・幸せを、心よりお祈りいたします。

                    YKカウンセリング&心理相談室

                          代表 山田 幸一

世相観⑨

 

 今年も、あとわずかです。あっという間の1年間でした。毎年そう思うのですが、年を重ねたことの結果かもしれません。1つの時代が過ぎ去ろうとしています。そして、新しい時代を迎えようとしています。その大きな移り変わりの中でどう考え、どう受け入れ、どう行動していけばよいのでしょうか。確かに、年を重ねるということは、また、新しい時代を生きられることにもなり、その喜びをしかと肝に銘じ、生きていきたいものです。そして、平成以降に誕生した若者たちにとって、夢と希望のある世の中であってほしいと願いたいと思います。

 さて、相談室の相談も、日常生活のいたるところに存在する問題が多くありました。家族間のトラブル、精神疾患を抱える娘さんとお母様の今後の行く末、暴力の問題、夫婦間のトラブル、少年問題、犯罪問題等々、今何とかしなくては収拾がつかないような事案ばかりでした。時間をかけ、その要因を明確にし、一つひとつ解きほぐしながら、問題解決の方策を一緒に考え、行動していくという地道な方法が是非とも必要になります。それぞれの方の可能性を信じ、カウンセリングの手法を用いて、納得のいく結果を導き出す努力をしてきました。そして、ボランティア精神を大いに発揮し、何事にもとらわれない気持ちを持ち続けることで、当相談室の真価を発揮することができました。

 最後に、家族問題が発生する要因の一つに、家族のチームワーク不足を感じています。この点について、記述したいと思います。

 家族のチームワークは大事です。家族のそれぞれの目標に向かっていくために、一人だけのずばぬけた能力だけではどうにもなりません。家族の一人ひとりが自分のポジションや役割をしっかりと理解し、家族の連携の下で、家族チームワークとして進んでいければ、問題解決は早くなります。また、一人ひとりの個性を生かして、今何をしたらよいのかを相互に考え、行動することが求められるでしょう。自分に足りないところは、家族の誰かから学び取り、家族チームワーク全体で切磋琢磨することが必要と痛感します。そんな家族チームワークが強くなっていくのですね。家族の気持ちを可能な限り一つにして、共に感動し、共に苦労し、共に励まし合い、共に喜べることが、何よりの家族の生きがいにもつながります。新しい年を迎えるに際し、さらに家族チームワークを強化し、家族の期待に応えられるよう願うものです。

 よいお年をお迎えください。当相談室は、来年も進展していきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

                    YKカウンセリング&心理相談室

                          代表 山田 幸一

世相観⑧

 今日は、11月中に起きた事案を二つとりあげ、考えてみます。一つは、自分の役員報酬を実際より50億円余り少なく有価証券報告書に記載したことで、日産会長のゴーン氏が逮捕されたものです。年収が数億円であれば、これは人並みならぬ金額と思うのですが、数十億円というわけですから、いやはや何とも驚きというよりも、唖然とするものがあります。同じ人間でも、こんなにも違ってしまうわけですね。一般人にしてみれば、考えられないことです。それにしても、金欲や権力欲・支配欲の強い人間の仕業であることには、間違いないことです。また、自分さえよければ・・・という自己保身の考え方が背後にもあるのでしょう。また、そういう人間の悪は正当に処罰されなくてはいけませんが、周りの幹部たちにも何も言わせない体質・組織・集団・環境も困ったものですね。誰かがどこかで、勇蛮を持って悪の膿を取り除くことが出来なくては、なりませんね。そういう組織体制ではなかったことも、大きな問題であったということが言えましょう。この件で、西川社長は記者会見で、「長年のゴーン統治の負の側面と言わざるを得ない」と述べています。誰もゴーン氏には、何も言えないでいたのですね。悪いことと感ずいていても、手足が出なかったわけで、みんな自己防衛で身を引いていたのでしょう。支配欲や統治欲の強い人間は、これを幸いにますます悪(不正)を重ねていくのです。負の側面をそのままにせず、組織で早期に対応していかなくてはなりません。そうしないと、いい組織、いい企業は育たないでしょう。いつかは、最大の危機を迎えることになります。そして、取り返しのつかないことにもなります。やはり、トップには、末端で(現場で)まじめに働く社員一人一人を心から尊重し、単に言葉で飾るのではなく身をもって、本気に成長させようという意気込みと人間愛のある人がなって欲しいと痛感します。

 もう一つ、これは事件ではありませんが、大相撲九州場所で初優勝を果たした小結の貴景勝は記者会見で、「最初で最後にならないよう、ますます頑張っていかないといけない。相撲の質を高めて全力を出し切りたい」と抱負を語っています。これからが勝負なんですね。これで終わってしまえば、この優勝は横綱がいない場所であったから、たまたま・・・、等々、言われてしまうでしょう。彼はそれがわかっているのでしょう。最初が肝心、これからも精進して優勝に匹敵するような相撲を取らないといけない、プレッシャーもかかりますが、まだまだ若いのです。彼にはそれができる根性や冷静さ、謙虚さ、素直さがあるわけですから、期待も大きいと思います。初心に戻ってもう一度・・・かなりの勇気と根気が必要になります。しかし、自分が本当に生まれ変わり、今までの自分とは違うウマ味を出し、正々堂々とこの世で、この社会で生き生きと活きていきたいならば、そうする努力が必要になりましょう。過去にとらわれることなく、わだかまりを払拭して、誰をも憎むことなく、自分が折れて相互に話し合う機会を設け、真っ白な自分からやり直す、いいことですね。それができるように、相談室ではお手伝いをしています。

 

世相観⑦

 12月になってしまいました。紅葉の季節も、まもなく終わり冬の装いが到来します。月日の過ぎるのは、実に早いものです。元気になったり落胆したり、そうはうまくはいかないのが、世の常というものです。それでも、また気を入れ替えて前に進もうと努力します。師走を迎えてこの一年の締めくくりをしようと思う気持ちになります。

 この10月中に起こった主な出来事を挙げてみます。政治的には「第4次安倍改造内閣の成立、諸費税率10%来年10月1日に実施を表明」、国際的には「サウジの記者 計画的に殺害、ノーベル平和賞 性暴力被害救済の2人に、韓国人徴用工訴訟新日鉄住金に賠償判決が確定」、経済的には「トヨタ自動車・ソフトバンクが共同出資で新会社を提携設立、経団連が就活ルールを撤廃」、社会的には「築地から豊洲に移転 築地は83年の歴史に幕を下ろした、シリアで行方不明になっていた安田さん解放」等々、実にさまざまな事件・事象が頻繁に発生して、日本国内・世界の情勢が緊迫しています。人間の営みは、いい方向に行こうと思いきや、逆の方向に行ってしまう嫌いがあります。なかなか難しいものです。賛成派と反対派の意見の応酬が渦巻き、収拾が出来なくなります。何が良くて、何が悪いのか、その判断に苦しみます。

 本日の朝の付近散策で次の言葉を思い浮かべながら、若干の汗をかきました。

 「争いを避けるために相手の気持ちに少しでも配慮すれば、危機的状況は避けられるものである」

 カウンセリングや各種相談内容も、その根源は人と人の争い、偏見、恨みつらみ、不平不満、自己嫌悪、自意識過剰、見栄っ張り、過去へのこだわり、将来への不安、自己勝手、自己中心的、精神的暴力、虐待等々が絡み合い、その複雑な糸をほぐす大変さがあります。気づきと実践・行動の繰り返しで対応することができますが、それで不可能ならば、医療や福祉サービスを駆使し、幾分とも生活のしやすさを垣間見ることができます。「人への配慮」、簡単なようで、なかなか難しいものです。その気持ちをどうやって醸し出してゆくか・・・人それぞれの生き方にかかわってくるもので、あえて肝に銘じる言葉としたいと念じます。

 

 

世相観⑥

 大阪府富田林署に拘留されていた30歳の男が8月12日に逃走した事件で、9月29日、山口県警は男を窃盗容疑で現行犯逮捕し、大阪府警は加重逃走容疑で再逮捕しました(30日)。本当によかったですね。これも、市民の協力なしでは逮捕できなかった事案でした。警察と市民が一体となり、相互協力体制を構築することで、社会の平和と安全が守られていくのですね。それにしても、若い彼の今後の人生は、刑務所生活で一生を終えるのでしょうか。それとも、更生して社会の一員となり、まっとうな人生を歩むことができるのでしょうか。彼一人では不可能でしょうが、周りの善良な人々の協力や惜しみない支援が期待されるのでしょうか。彼がどうしたいのか、どうすべきなのか、真摯に真剣に反省を重ね、自己開示することで、周囲の人々を納得させることができるのでしょうか。そうあってほしい訳ですが、彼にも家族や親族がいることでしょう。そういう方々に何を語ることができるのでしょうか。今回の事案で、何が彼を窮地に追い込んだのでしょうか。彼にしかわからないことですが、しっかりと真実を自白し、更生の道を歩んでいくことを願ってやみません。

 9月19日、仙台市の交番で、当直勤務中の33歳の巡査長が21歳の男子大学生に刃物で刺され死亡しました。別室にいた巡査部長が拳銃を3発発射し、大学生も死亡しました。大学生は落とし物を届けに来たなどと訪れ、両警察官が対応したようですが、何ゆえに交番の警察官を襲ったのでしょうか。そして、何をしたかったのでしょうか。拳銃を奪取し、自殺でもしたかったのでしょうか。この警察官に個人的な恨みなど、なかったものと察します。こういう事件では、往々にして「自暴自棄」という言葉が当てはまります。自己のどうすることもできない(就活・就職・人間関係・恋人に振られた・親との関係・・・)ことへのはけ口を、他人に転嫁するか、自己犠牲にするか、ということになります。彼は、拳銃を奪うことが目的ではなかったかと思います。その拳銃で一般市民を襲うことではなく、自己犠牲(自殺)に使用するためであったかもしれません。警察官の拳銃は、易々と奪うことができるものではありません。格闘があったものと思います。その際に彼は持っていたいたナイフで刺したようです。ナイフや拳銃に異常な興味があったのかもしれません。彼を怯えさせていたものは何であったのでしょうか。社会そのものであったのでしょうか。そこには、精神的な病が潜んでいたといえます。正常な判断もできず、事の善悪も判断できないような精神状態が垣間見られます。何かに、追い詰められていたに違いありません。それが何であったのか・・・今後の自供に注目したいと思います。それにしても、犠牲となった警察官やその家族がお気の毒です。ご冥福をお祈りいたします。最後に、彼には話を聞いてくれる友人や知人がいなかったのでしょうか。一人でも、いたならば事は違っていたことでしょう。非常に残念でなりません。人間、だれしもうまく事が運ばないで、悩んだり、不安を抱くことがあります。そういう時に、必要なのが友人です。親しい、自己の内をわかってくれる人がいれば、救われます。何かがあっても(起っても)、大事には至らなくてすむことになります。取り返しのつかないことにならないよう、日々の自己や生活そのものを見つめなおす努力を惜しんではならないでしょう。今日一日、いい日でありますように!

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